浪江町 水素エネルギー

浪江町

 2011年3月11日に発生した東日本大震災によって福島県浪江町は甚大な被害を受けました。家屋の倒壊、津波、そして原発事故によって、多くの被災者が生まれました。中でも原発事故による帰宅困難区域は一時期は浪江町全町に拡がり、当時の住民、21,000人は全国に散り散りになりました。

 その後、2017年3月31日に一部地域の避難指示が解除されるなど、居住可能なエリアを徐々に取り戻しています。しかしながら現在も浪江町外での避難生活を余儀なくされています。

 この浪江町において、「デザインの力による浪江町の復興まちづくりに関する連携協定」が2021年9月5日に締結されました。これは、水素エネルギーとアートが複合的に活用される浪江町駅前の都市計画を策定するものです。

 策定は隈研吾建築都市設計事務所、伊東順二事務所、住友商事株式会社が協働して行っています。

 現在、浪江駅周辺空間デザイン基本計画を行っており、浪江駅を中心として、東北地方に科学とアートの拠点を作るための施策を検討しています。